国内のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に伴い、多くの企業がITシステムをオンプレミスからクラウドへと移行しています。「クラウドシフト」はその移行手法のひとつで、コスト削減や効率化など複数のメリットを提供します。そのため、クラウドへの移行を検討している企業にとっては、クラウドシフトの意義やメリット、課題を理解することが重要です。
本記事では、クラウドへの移行を考える経営者や担当者に向けて、クラウドシフトの概要やクラウドシフトのメリット・課題、クラウドシフトの導入事例などについて解説します。
目次
1.クラウドシフトとは?
クラウドシフトとは、企業が自社のIT環境をオンプレミス(自社でのサーバーやシステムの運用)からクラウドベースへ移行するプロセスを意味する用語です。この移行プロセスには、現存するシステムをクラウドへ移すだけでなく、クラウドの特性を最大限に活かすために新たなシステムやアプリケーションの構築や導入が含まれます。
単に現存するシステムをクラウドに移行する「クラウドリフト」と異なり、クラウドを通じた業務の自動化や効率化を図ることが特徴です。クラウドシフトを企業はクラウドのメリットを最大限に活用し、革新的なビジネスモデルやサービスを展開できるようになります。
クラウドの基礎知識
クラウド(クラウドコンピューティング)は、インターネットを通じて、コンピューティングリソース(ソフトウェア、サーバー、メモリ、OSなど)を提供するサービスです。従来、企業は自社でソフトウェアやサーバーを購入し、アップデートや保守を行う必要がありました。
しかし、クラウドの導入により、これらのハードウェアやソフトウェアの調達、メンテナンスの必要がなくなります。クラウドサービス提供事業者がこれらを大規模に設置し、維持管理を行うため、ユーザーは必要な機能をネットワーク経由でアクセスし、コンピューティングリソースを利用できる点が特徴です。
クラウドのサービスでは、従量課金制が採用されることが多く、使用した分だけ料金を支払います。これにより、コスト削減や効率化、そしてアップデートや保守の手間を省くことができ、特にビジネス運用において大きなメリットをもたらします。
参考:『【AWS・GCP比較】実務で利用する私の主要10機能比較!』
クラウドシフトの背景
総務省が公開している令和3年版『情報通信白書』のデータでも、2020年時点で企業の約7割がクラウドサービスを利用しており、現時点(2024年1月)では更に多くの企業がクラウドサービスを利用しています。
クラウドサービスは、企業にとって業務効率化やデータ分析によるビジネス戦略の策定など、さまざまなビジネスシチュエーションに大いに役立ちます。そのため、企業のクラウドシフトは今後も加速すると予測されています。
また、経済産業省が2018年に公表した『DXレポート』に記載されている「2025年の崖」問題もクラウドシフトが進む理由のひとつです。「2025年の崖」問題とは、既存の複雑で老朽化し、解析が困難なシステム(レガシーシステム)が引き続き使用されることによって生じる、国際競争の遅れや日本経済の停滞を指します。2025年に向けて、レガシーシステムを扱える人材の退職やサポートの終了に伴うリスクが増大し、それが経済停滞の一因となると見られています。
この問題を克服するため、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が重要視されており、クラウドシフトはその主要な手段のひとつです。クラウドシフトにより、旧来のシステムからの脱却と、企業競争力の強化が可能になります。
参考:『DX推進を成功に導くための鍵と具体的なステップをわかりやすく解説』
2.クラウドシフトのメリット
企業がクラウドシフトを行うことにより、さまざまなメリットを享受できます。具体的には、クラウドを使用することでコスト削減と効率性の向上が期待できます。また、クラウドの柔軟性とスケーラビリティは、ビジネスの成長と変化に適応する能力を高めます。加えて、リモートワークとの高い相性は、現代の多様な働き方にもマッチします。さらに、セキュリティと災害リスクへの耐性もクラウドの重要な特長です。以下では、企業がクラウドシフトを行うメリットについて解説します。
コスト削減と効率性の向上
従来のオンプレミス環境では、ハードウェアやソフトウェアの購入費用や人材も必要になります。クラウドシフトを行うことで、企業はハードウェアやソフトウェアの購入や保守、アップデートに関連する初期および継続的な費用を削減できます。従量課金制のクラウドを採用することで、必要なリソースのみに対して支払うことで、ムダな投資を減らし経済的効率を高めることが可能です。
また、クラウドは迅速に稼働できるため、企業のITインフラの柔軟性と拡張性を高めます。これにより、ビジネスの急激な変化にも対応でき、市場のニーズに合わせたサービスの提供が可能になります。革新的なビジネスモデルを採用しやすくとともに、総合的な運営コストの削減を実現できる点も大きな利点です。
柔軟性とスケーラビリティ
クラウドサービスは、ビジネスの規模や需要に応じてリソースを即座にスケールアップまたはスケールダウンできます。そのため、急激なデータ量の増加やプロジェクトの拡大にも柔軟に対応可能です。この柔軟性は、急速に成長している企業や、市場の変動やビジネスニーズの変化に即座に対応する必要があるビジネスにとって重要になります。クラウドシフトの利用は、企業のフットワークを高め、市場の変化に対する反応速度を向上させます。
リモートワークとの相性
クラウドシフトは、リモートワークとの相性が良いことも特徴です。クラウド技術により、従業員は場所を選ばずに必要なデータやアプリケーションにアクセスでき、業務の効率性を大幅に向上できます。これは、グローバルなビジネスモデルを採用している企業にとっては、労働力とリソースの最適な配分を実現する上で必須な機能です。さらに、地理的な制約を超えた柔軟な働き方を可能にし、従業員のワークライフバランスの向上にも寄与します。
セキュリティリスクや災害リスクに強い
オンプレミス環境では、自社でセキュリティ対策を行わなくてはいけません。そのため、セキュリティ対策に不備があると、情報漏えいや不正アクセスなどの被害に遭う可能性が高まります。クラウドの場合は、クラウド事業者が強固なセキュリティ対策を実施しており、安心して利用できるようになってきています。最近では社内でデータを保有するよりも、セキュリティ性の高いクラウドを利用するほうがリスク低減につながると考える企業も増加しています。
また、オンプレミス環境では、自社が自然災害などの被害に遭うと機器やデータを消失する可能性があります。クラウドを利用すれば、自社が災害被害に遭ってしまった場合でも、遠方のクラウドにあるシステムやデータだけは被害を免れます。それにより、素早いサービスの復旧も可能になります。
3.クラウドシフトの課題
クラウドシフトを行うことで多くのメリットを享受できますが、一部の課題も残されています。主な課題としては、独自開発の業務システムとの連携が難しいことが挙げられます。また、クラウドサービスを提供する事業者に依存してしまうことも課題とされています。さらに、セキュリティとプライバシー管理も重要です。以下では、クラウドシフトの課題について解説します。
業務システムとの連携
独自開発の業務システムとクラウド上のシステムとの連携は、決して容易な作業とは言えません。多くのクラウドサービスは、オンプレミスからの移行サービスを提供しています。しかし、業務システムが独自に開発されている場合では、直接的に連携できることは稀なケースです。
そのため、クラウドシフトを行う際には、代替案やデータ移行の検討する必要があります。独自開発の業務システムがある企業では、この課題に対処しなくてはいけません。
ベンダーロックインのリスク
クラウドサービスを提供する事業者に依存すること(ベンダーロックイン)により、企業はその事業者のサービス変更やサービス中断のリスクに直面します。また、プラットフォームやツールに縛られることで、将来的な移行やシステムの拡張が難しくなる可能性もあります。
ベンダーロックインにより、企業は柔軟な運用や技術的な自立性を失いかねません。この問題もクラウドシフトの課題と言えます。
セキュリティとプライバシー管理
クラウドシフトを行うことで、セキュリティやプライバシーの管理に注意が必要になります。クラウド事業者が提供するクラウドサービスのセキュリティ対策は強固でも、利用する企業側のセキュリティ基準に問題があれば、情報漏えいなどのリスクは高まります。
クラウドサービスはインターネット接続があればどこからでもアクセスできますが、この利便性が従業員のPCの盗難や紛失時に情報漏洩のリスクを高めることがあります。このリスクに対処するためには、運用ルールを明確なガイドラインとして設定し、従業員に対する教育を徹底することが欠かせません。
また、ログの管理やアクセス権限の定期的な確認と更新が、安全なクラウド利用のためには不可欠です。
4. クラウドシフトの進め方
クラウドシフトの実施方法を解説します。現状分析・調査や移行先クラウドの選定など、専門的な知見が求められるため、現状分析・調査の段階から専門家に依頼するのがおススメです。
下記の順序で説明します。
1. 現状分析・調査
2. 戦略・計画策定
3. クラウド開発環境の構築
4. データの移行
5. 処理フロー・ツールの移行
6. 移行の後の検証と最適化
1. 現状分析・調査
現在のITインフラストラクチャ、アプリケーション、データ環境に対して、コスト分析をはじめとする包括的な評価を実施し、移行における要件と課題を特定します。
一例として、下記の項目で既存のデータベースを評価します。
- どこから取得しているか?
- どの程度格納されているか?
- どの程度の頻度でどの程度の量更新されるか?
- どこで用いられているか?
- オンプレミス環境にあることによってどのような問題が発生しているか?
- 誰にアクセス権を付与するべきか?
- セキュリティ・コンプライアンス要件はどのようになっているか?
2. 戦略・計画策定
クラウド移行の目的・予算計画・移行先の選定・ロードマップ、およびリスク管理計画を含む詳細な戦略を策定します。
実施した現状分析をもとに、どこからクラウドシフトを実施するべきか特定します。
また、要件にあわせて適切な移行先を選定します。
3. クラウド開発環境の構築
クラウドプラットフォーム上に開発環境を構築します。
開発環境とテスト環境の両方を構築します。
4. データの移行
オンプレミスのデータソースからクラウド環境へのデータ移行を実施します。
移行実施後に十分なテストを行ってから次のフェーズに移行します。
5. 処理フロー・ツールの移行
既存のデータベースに接続されているツール等の接続先をクラウドのデータベースに変更します。
こちらもデータの移行と同様に十分にテストを実施する必要があります。
6. 移行後の検証と最適化
システムのパフォーマンスと機能性を検証し、クラウド環境での運用効率を最適化します。
5.クラウドシフトの導入事例
クラウドシフトは多くの企業で行われており、オンプレミスの課題を解決しています。以下では、クラウドシフトの導入事例を紹介します。
1・株式会社NTTドコモ
国内の大手通信事業者の株式会社NTTドコモは、データ分析基盤をオンプレミスで運用していました。オンプレミス環境では、データ分析基盤の拡張が困難なことや最新ツールが使用できないなどの課題がありました。また、サービス増加によるデータの分散化の影響で、十分にデータ活用ができないことも問題となっていました。
これらの問題に対処するために、データ分析基盤のクラウドシフトを行いました。その結果、各組織のニーズに合った分析環境への切り替えが可能になり、データカタログの整備によって分析作業の自由度が高まりました。
参考:『NTTドコモ、約9,000万会員のデータ分析基盤を新たにAWSに構築。 利用者数を13倍に拡大し、データ利活用を活性化』
2・東京慈恵会医科大学
東京慈恵会医科大学は、約6000人の教員と職員を抱える大規模な教育機関です。これまで人事給与システムはオンプレミスで運用されていましたが、サーバーの更新期限が近づき、使用しているOffice 2010(Access)のサポート終了やサーバー管理の増大する負担などの課題に直面していました。
加えて、個人情報の厳格な管理のため、人事部門がシステムの管理を行っていました。これらの問題に対応するため、大学はクラウドシフトを決定。この移行により、契約更新やサポートの問題が解決され、保守管理業務を外部に委託することで、人事部門は本来の業務に専念できるようになりました。
参考:『人事部門が直面するクラウドシフトの問題と成功の秘訣』会計と人事給与システムのZeeM
3・グローリー株式会社
通貨処理機を含む多様な製品とサービスを展開するグローリー株式会社は、特許管理システムをこれまでオンプレミスで運用してきましたが、保守サポート終了に伴い新しいシステムへの移行を検討しました。移行にあたって重視したのは、安全でスムーズな移行や業務効率化、機能充実、サーバー管理の負担軽減でした。
クラウドシフトを選択した結果、クラウドのメリットを最大限に活かし、特許事務所など外部との連携が柔軟になりました。また、サーバー管理の負担も解消され、操作性が向上し、より迅速で安定したシステム運用が実現しました。
参考:『既存環境をそのままに、短期間でクラウドシフトに成功 知財業務の効率的な運用を可能にする東芝の「知財管理サービス」』東芝デジタルソリューションズ
6.まとめ
本記事では、クラウドシフトの概要やクラウドシフトのメリット・課題、クラウドシフトの導入事例などについて解説してきました。クラウドシフトは、企業が自社のIT環境をオンプレミスからクラウドに移行することです。単なるシステム移行に留まらず、クラウドの特性を活かした新しいシステムやアプリケーションの導入を含みます。
クラウドシフトを行うことで、企業はコスト削減や業務効率化などが可能になります。さらに自然災害などのリスクへの耐性が高まるメリットを享受できます。オンプレミスからクラウドへデータ基盤の移行を検討されている方は、クラウドデータ分析基盤支援を行っている弊社データビズラボにご相談ください。
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